minazoko -水底-

とあるフリーターブロガーのほぼほぼ雑記ブログ

一人を好む性格は幼稚園時代に養われた

一人を好む性格は幼稚園時代に養われたアイキャッチ 集団行動大嫌い、スポーツ大嫌い、学校大嫌い。
そんな自分の性格を決定づけたのは、幼稚園のせいではないかと最近思いはじめた。

今はもうないその幼稚園

僕が通っていた幼稚園は今はもうない。

建物自体は残っているけど、デイサービスの施設と園庭だったところにはアパートが建っている。

このご時世、駅前にある立地を生かして保育園でもやっているかと思ったが、それさえしていないということはそれだけの幼稚園であったということだ。

連帯責任という言葉を教えられた

その幼稚園はリトミック教育という音楽を生かした教育方針のもと運営されていた。

とはいっても、僕の記憶の中に楽器を楽しくやった記憶はない。

覚えているのは、音楽発表会のための練習の記憶だけだ。

発表会の練習は、とにかく先生が厳しくなるのがいやだった。

何かをミスしたり、ふざけていると、自分は真面目にちゃんとやっているのにも関わらず、
男子全員連帯責任
という名の下に罰を受けていた記憶がある。

外を向いていた教育

とにかくしつけというより、少ない先生ので大勢の子供を相手していたという記憶がある。

何をするにも集団を統率することだけに力を注いでいた気がする。

幼稚園の先生に憧れるとかそんなことは一切なかった。

後に、幼児教育を学んだときに、いかに自分の通っていた幼稚園に自由保育という思想がなかったということに気づかされた。

小学校を先取りしたような教育をしていた記憶もない。

要は、発表会とか外面(そとづら)だけを気にしていた教育をしていただけなのではと思う。

幼稚園に行きたくなかった

僕は、幼稚園が嫌いで嫌いで仕方がなかった。

自分が悪くないのに連帯責任で悪くされたりすることがしょっちゅうあっただからだと思っている。

幼稚園への道で、親に連れられながら、いきたくないよーと泣いて通っていたのを覚えている。

それだけ、いやだったのだ。

集団嫌いに

幼稚園時代のこのような出来事は、集団が嫌いという性格を形成していった。

この性格が解消されるどころが、成長するにつれてどんどん大きくなっていった。

これが、集団から組織へと形を変えて、社会にもうまく順応できない性格が形成されていった気がする。

連帯責任という言葉を幼児の時代に身をもって体験し、その後これといった成功体験がないまま成長していったことが、大人になった今でも大きな影を落としているのではないかと思う。

たかが、幼稚園の選択一つでこうも人生が狂うなんて、その当時の親には思ってもいなかっただろう。