minazoko -水底-

とあるフリーターブロガーのほぼほぼ雑記ブログ

自ら退路を断つことはしないほうがいい

自ら退路を断つことはしないほうがいいアイキャッチ 去年の今頃ブログ界隈を騒がせた人物がいました。
石田祐希さん。
レールに沿った人生はつまらないとレールから外れた人です。

当初感じていたこと

当初僕は、彼のことを好意的にみていました。

彼みたいな人間がうまくいくようになれば、日本も捨てたもんじゃないかなと、そう思っていました。

去年の今頃はまだその辺の考えに毒されていたのかなと思っています。

当時の僕の考えは、
社畜として生きる道を選ぶか?
自分の好きなことをして生きていくか?

の二択であると考えていました。

だから、彼の選択は、意味のない大学に行くなら辞めて正解と考えていました。

二択で考える

彼はどうなったか。

時間が経過するにつれて、どんどん雲行きが怪しくなっていきます。

会社の登記をしたあたりで力尽きたのか、Twitterに鍵をつけて、表舞台からは消えていきました。

この一連の騒動を見て感じたのは、
なぜ両極端な選択をしてしまうのか
ということなんです。

生きるか?死ぬか?
進むか?戻るか?
続けるか?辞めるか?

自分もそういう風に考えていましたが、選択には二択しかないと思い込んでしまうときがあります。

退路を断つ選択

何かをするときに、退路を断つということをする人がいます。

僕自身も退路を断った選択をしてきたこともありました。

しかし、人間というものは物事に飽きるようにできています。

強い意志があっても、続かなかったり失敗をすることがあります。

そういったことを考えると、退路を断って何かをするという選択はあまり賢い選択とは思えないところがあります。

選択肢を自分で断つことはない

わざわざ自分の手で困難に立ち向かい背水の陣を作り出してがんばる、みたいなことはしないほうがいいのかなと思います。

「欲しがりません勝つまでは」 みたいな精神では続けられるものも続けられないんじゃないかなと思うようになりました。

今の自分が取り得る選択肢は残して、そして邁進していけばいいのではないのでしょうか。

周りの人間も、無責任に退路を断つことをあおるべきではないし、それを推奨するような雰囲気にもっていくのもどうかなと思いました。

今に思って考えると、大学を辞めることと会社を辞めることを同じ次元で考えていた部分が、自分自身も含めてあったと思います。

大学なら、休学という選択肢もあるし、休学もせずに別のことに打ち込むという選択肢もあったはずです。

会社の問題とは別次元の話なんですが、同じ次元で当時は考えていました。

大学生ならば何かアクションを起こすにしても、時間的にも社会人が同じ行動をする時と比べても選択肢が多かったはずです。

それをわざわざ自分の手で潰すことはしなくてもよかったのではないかと思います。